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8年の歳月

先月行われた母の介護認定更新調査の結果が届きました。要介護5でした。

前回の更新調査は2年前の2008年、まだ自宅で生活していましたが、重度の認知症で生活行動全般に一部介助や見守りが必要ということで要介護4でした。

全介助となった今、要介護5は相当の結果だとは思いますが・・・
母の様子がおかしいと最初に気付いたのが2002年、もの忘れ以外はほぼ普通に生活できていた母が、8年間で要介護5になってしまったことをあらためて考えると、私にもっともっと出来ることがあったのではないか、どこかで間違ってしまったのではないか、という思いがあります。
一方、最初にお医者様に言われたことに耳を貸さず、勧められたデイサービスや生きがい教室の利用等も一切拒否してきた母ですから、本人にその気がなければ結局どうすることもできなかったかもしれない、という少々冷めた気持ちも正直あります。

もう何年も前に、テレビの健康番組で、会社を定年退職した男性が、趣味もなくほとんど刺激のない生活の中で認知症となり、退職から10年以内で寝たきりの生活に、という症例が取り上げられたのを真剣に見たことを鮮明に覚えています。
似たようなことが遠くない将来我が家に起こる出来事だとは当時は想像さえしませんでした。

母の状態は1年以上前から大きくは良くも悪くも変わっていないので今更なのですが、市役所からの通知に記載された「5」という数字を見て、とうとうここまで来てしまったと、あらためてこれまでの8年間を思い出していました。
母が変わっていくのを目の当たりにして、私自身がどんどん崖っぷちに追い込まれていくような気持ちになったこと、焦り、悲しみ、戸惑い、怒り、救い・・・介護を経験された皆さん同じ思いだと思います。

辛かった日々を振り返りいろんな思いがこみ上げてきましたが・・・でも、落ち込んだりはしていません。

実は、週末母に会いに行ったところ、母のユニットに空室ができていました。
2週末前までは、私が母の食介をするすぐ近くで、いつもスタッフの方に介助されていた最高齢のお婆ちゃんのお部屋でした。
ユニットケアに移行した頃は、一部介助されながらもご自分でもスプーンを持って食事をされていました。
端で見ていて、だんだんと食事を取らなくなっていくのが分かりました。
2週末前は、食堂に連れて来られても、お茶を1口飲むのが精一杯、スタッフの方が「プリンなら食べる?」と聞いても反応なし、エンシュア・リキッドもご本人は嫌がっているようでした。
先週末は、食堂でお姿を見ることがなく、スタッフの方同士が「○○さん、もう全然食べないの、どうしよう、悲しい」と言っているのが聞こえてしまいました。
そして、この週末、亡くなられたとお聞きしました。心よりご冥福をお祈りいたします。

そんなとても残念なことを目の当たりにして・・・母には当たり前ですが少しでも長く生きてほしい、と切に思いました。
それが私の心の支えだと再認識しました。その為に私がやるべきことは、過去のことをあれこれと考えることではなく、これからの母との時間を大切にすること、その為には私自身が心身共に元気で毎日頑張ることだと。
マイナス思考に陥っている暇はありません。
自分が経験すること全てに意味があり糧となるのですね。
この歳になって、またあらためて思います。




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テーマ : 認知症の介護
ジャンル : 福祉・ボランティア

Comment

NoTitle

翡翠さんこんにちは。

8年ですか・・・・・・・

義妹は10年目ですが、病院に行くのに1年もかかり

あの時 なんとかして病院に連れて行っていればと
思ってしまいます。

しかし翡翠さんもそうでしょうが、その時は悩んだりくるしんだり、でもどうにもできなかった!

>これからの母との時間を大切にすること、その為には私自身が心身共に元気で毎日頑張ることだと。<

そうですよね!後ろ振り返っても どうすることもできないんですよね!

翡翠さんの思い 私の思いです!

NoTitle

翡翠さん、
8年ですか....自分の身内の病がだんだん進行していくのを見ているのも辛いですね。
特にそれが実の親であればなおさらです。
でもね、ある日突然事故などで命を落とす人もいます。残された家族は茫然自失、悩む時間も何もありません。
どんなにつらくても傍に寄り添うことができる時間を大切にしましょう。 時間は宝物です。
これからのお母さまとの時間を大切に。

NoTitle

翡翠さん、こんばんは。

お母様、最初はデイとかも嫌がられていたのですか。
やはり、ほとんどそういう道を通って、少しずつ進んでいくんですね。

うちの母も介護サービス、一切拒否でした。
初めに脳血管性の認知症と診断された時、私がもっと真剣に対処していればと、後悔しています。
そうすれば、同居していた弟の辛さも軽くしてあげれたのに。。。

後悔のない介護はないと聞きます。
翡翠さんの後悔が少しでも小さくなるように、お母様との時間、有意義に過ごしてくださいね。

NoTitle

翡翠さん、こんにちは。

8年間・・・長いですね。その間、さまざまなご苦労があったことと思います。これだけお母様のために、努力なさったのですから、後悔すべきことなどないように、私には思えます。

私の母が初めて認知症の診断を受けた時、お医者様は「火の取り扱い、お金の管理」とともに、「誰も責めないこと」を、注意事項としてあげてくれました。「新薬の治験に参加したいがコントロール・グループに入るのはイヤだ」と言った私に、「健康イデオロギーにとらわれるな」と諭してもくださいました。

神経内科の専門医でしたが、「自分たちは治せない病気ばかりを扱っている。認知症にせよ、ガンにせよ、人間はみな最期は病んで死んでいくんだ。治らない、治せないという現実の前に謙虚になれ」という内容の話をしてくれました。変わりつつある母の様子を見て気持ちが追いつめられると、この話を思い出します。すると少し気持ちがラクになります。認知症の母を見て泣いたり怒ったりするのも、デイサービスは嫌だと自分の殻の中に閉じこもるのも、大きな自然の流れの一部として、受け入れるしかないと思えるようになります。

いろいろ悔いが残るのは、むしろ努力された証しではないでしょうか。「ここまでよくやったわ~」と、たまには自画自賛なさってもいいと思いますよ!

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このコメントは管理人のみ閲覧できます

頑張った証

義母と同居し始めたのが、2001年で、認知症と解る前から、いろいろな事が出来ないことに気づき、翡翠さんと同じような日々をすごしていたのだなぁ~と記事を拝見して、私も過去を思い出していました。
介護に『待った』は無いですものね。
たえず、先を先を見ながら進むしかありませんものね。
どんなに気持ちがへこんで居ても、どんなに体調が悪くても、手を貸さないと出来ない人の前では、事を進めてあげないといけないから。
たくさんのブログ友さんの記事から、この先の進行具合を学び、次にすべき事は何か??と問いながら、歩いてきたように思います。
義理の母への思いもかなり思い入れがあったので、実母様を介護なさる翡翠さんの心の葛藤や苦しみは、思い計れます。
拒否の出来る状態というのは、まだまだ、意思がしっかりしている証だったのだなぁ~と今更ながら、そう感じております。
物取られ妄想も、「ここに私の物があった。」という記憶のもとに起こりうること。今は、何が無くなっても、気にしていない義母がいます。
ケアマネさん曰く、「物を忘れてしまう事は、嫌なことさえも忘れてくれるので、良いボケではないか・・・・本人は苦しみから逃れられるから。」と。
一点の後悔もない介護は、難しいものですよね。
認知症になってからの生存期間・・・を考えれば、寄り添える時間を大事にして行きたいですね。
病気になっても、頑張っていらっしゃるお母様のために、これからも、翡翠さんが今、出来ることをして、笑顔を見せ続けてあげることが一番の孝行ですよね。
と、やはり、自分自身にも言いかせております。

悔やんだりするのは、その人のことを一番に心配してきたからの事ですものね。
頑張ってきた日々をこれからの自分の『宝物』にしましょうね。

皆様どうもありがとうございます

うさぎさん

同じ思いと言っていただき嬉しいです(うさぎさんはお義母様と義妹さんの介護で、私より遥かに長い間ご苦労されてきたので、ちょっとおこがましいですが・・・)

病院に連れて行くまでの時間が長く、そして病院に連れて行っても、こちらが思うような適切な手当が出来なかったように思います。が・・・どうにもできませんでしたね。
あらためて振り返って、あれ以上のことができただろうか?と思っています。

うさぎさんも、間もなく新しい介護の段階に進まれることでしょうが、これからも前だけを向いていきたいですね。また宜しくお願いします。

リリーさん

どうもありがとうございます。

大好きで自慢の母が、自分の知らないところにどんどん行ってしまう、本当に辛かったです。

でも、リリーさんの言葉に、そうか・・・と思いました。
仰るとおり、何の心の準備もできないまま突然永遠の別れを迎えたら、後悔しか残らないかもしれませんね。
私にはまだまだ母との残された時間がある。それに感謝して大切にしてきます。
いつもありがとうございます。

みかんさん

認知症患者の「拒否」、介護者は誰でも同じような経験がありますね。こちらの気持ちが届かないもどかしさや苛立ち・・・それがもう少し上手に対応出来なかったかという後悔に繋がりますし、あれが限度だったかもという思いもあります。

みかんさんは今がある意味一番大変な時期だと思います。無理せずご自身の生活を大切にしつつ、お母様と穏やかな時間が過ごせますように。

どうもありがとうございます

まつこさん

お医者様の「治らない、治せないという現実の前に謙虚になれ」というお言葉、心に響きました。
大きな流れの一部、仰るとおりですね。。。
ここに流れ着いたこと、この先も細々とオールを漕いでいく、そんな風に考えたいと思います。
いつも励ましのお言葉ありがとうございます。
「自画自賛」してもよいですかね~自分へのご褒美をちょっと考えてみます(笑)

hiroさん

どうもありがとうございます。
これまでもhiroさんの深い愛情と思いやりのこもった介護の様子をブログで拝見し、私には真似は出来ないもののいろんなことを学ばせていただきました。
今また同じような介護の段階に立ち、これからも宜しくお願いします。

「自分の宝物」、このお言葉に、そう~ここまでそれなりに頑張ってきた自分もいたな~との思いに至りました。
あらたな思いでこれからの母との時間を大切にしたいと思います。
いつもどうもありがとうございます。
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プロフィール

翡翠

Author:翡翠
翡翠(かわせみ)のおばさん
6年余り、アルツハイマー型認知症の実母(要介護4、2009年で72歳)を自宅で介護。
2009年6月、母は特別養護老人ホームに入所。新たなステージの介護に突入しました。
2010年7月、要介護5に。
共働きの夫あり、姑(2009年81才)も同居。子供なし。

好き:
フィッシュ&バードウォッチング、ウォーキング、赤ワイン、食べる、サッカー観戦、旅行

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