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母の症状-これまでの経過-

最初に母の様子がおかしいと感じたのは2002年。

遠距離通勤で仕事をしており、残業も多かった私達夫婦のため、平日の夕食は母が用意してくれていましたが、たまに、夕食を家で食べない時、朝そのことを母に伝えておいても、帰ってくると夕飯の用意がしてあったり・・・ふと気が付くと、母は何日も同じ洋服を着ていたり・・・何度も同じ話を繰り返したり・・・あちこちに同じメモが残っていたり・・・

私にとって決定的だったのは、久しぶりに母の従弟夫婦が我が家を尋ねてきたときのこと、母の従弟は私より一回り近く歳が上にも拘わらず、母が私の方が年上だ、と言って譲らなかったことでした。

この時から「もの忘れ外来」に母を連れて行くまで更に数ヶ月が過ぎました。
私自身、母にどう話して病院に連れて行くか、どんな病院が良いのか、母は本当に「呆けて」きてしまったのか、あれこれと悩み続けました。

「もの忘れ外来」受診後の母の経過は↓にまとめてあります。
2003年4月
著名な先生がいらっしゃる某医療センターのもの忘れ外来を受診。
MMSE式テスト17点。CTを撮るが特に異常なしと。
母と私達家族に対し、先生は、母は6歳児程度の知能、このままいけば
人間でなくなる等かなり厳しいことを言われ、すぐに介護保険を申請し、
デイサービスに行くこと、人との係わり、外での活動を勧められる。
母はデイサービス、生きがい教室等に行くことを断固拒否。

2003年7月/8月
同じ医療センターのもの忘れ外来にてMRI、PET検査、異常なしと。
先生より、 薬(アリセプト?)を飲んでも、本人に積極的に直す気がなければ
効かないと言われ、とにかくデイサービスに行って人と交わるよう言われる。

2003年11月/2004年2月
同じ医療センターもの忘れ外来受診。テストの結果はほぼ変わらず。
母は、これ以後、この先生の受診を拒否。

2003年~
とにかく母に楽しい思いをしてもらおうと、母と何度も旅行に行く。
昔母が習っていた箏のお稽古を一緒に始めてみる。
脳トレーニング、塗り絵、指編み等いろいろ試すものの、どれも本人が嫌がり、
箏のお稽古もやめてしまう。
食事の支度が少しずつ怪しくなる(メニューのワンパターン、味付けの変化)
同じ食材を何度も買い込む。買った食料を自分の部屋に隠す。
通帳、お金等をしまいこんで忘れ、無いと言う。
お店が開いていない朝の時間から買い物に出掛け、その後朝から夕飯のおかずを
一品(毎日ほぼ同じ)を作るようになる。お金の管理ができなくなる。

2006年9月
かかりつけの内科医の紹介で神経内科にてMRI検査。脳に萎縮ありと言われる。
アリセプトを処方されるが、1ヶ月位後に下痢と吐き気で一旦服薬中止。
(後日副作用ではなくノロウイルスではないかと言われるが、服薬中止のまま)

2006年10月
介護保険認定申請、要介護1と認定される。
非社交的でプライドの高い母に何とか合いそうなデイサービスを探し、
勧めてみたところ、本人興奮、激怒、家を出て行くと断固拒否。

2006年12月
(夕食後に)食事をしていない、(同じ家の2階に家族が在宅中に)家族が黙って
どこかに出掛けていった等言い始める。
私(翡翠)に対し、うるさい、あんたなんかいらない、この家は私(母)の家だから
いやなら出て行け等攻撃的な物言いが始まる。

2007年2/3月
この家にはいられないから、この家を売って出て行くからから迎えにきてくれと、
東京の伯母(母の実姉)のところに電話。5分毎に電話をかけ続ける日あり。
自分で入浴・洗髪をしなくなる。

2007年4月
グラマリール25mg処方され、伯母への電話攻撃は治まる。

2007年5月
介護保険認定更新で要介護2と認定される。
知らない人と交わることが苦手な母のデイサービスへの足がかりとするため、
週2回1時間ヘルパーさんに来て貰い散歩、話し相手になってもらう。
最初はヘルパーさんを追い返していたが、徐々に慣れてくる。

2007年6月
アリセプト服薬再開。
「家に帰る」と言い始める。食事の際、所謂「一品食い」が始まる。
汚れた下着を隠すようになる。

2007年7月
食事をした後に何も食べていないと言い、1日に4-5度食べるようになる。
物を隠しては探して無いので「誰かが部屋に入った」と言い出す。

2007年8月
会話のキャッチボールがだんだん出来なくなって、こちらからの話しかけには短く
答える、反応するだけになる。水洗トイレを流さなくなる。

2007年9月
複数のカバンにいろんなものを詰めて持ち、毛布、布団、座布団等を持って
家を出て行こうとする。

2007年10月
「家に帰る」と言い、外に出ていくので、可能な限り家族が一緒につきそう。
興奮、攻撃的な物言いは変わらず。リスパダール0.5mg処方される。
下旬より、デイサービス(週1回)へ。食欲がほぼ普通に戻る(1日3回正常に戻る)。
洗顔も1人ではしなくなる。
「みんなは?」としきりに母は言うが「みんなって誰のこと?」と聞くと「分からない」と母。

2007年11月
食事時と一緒に外出している時以外、「家に帰る」と言い続け、部屋と家の門を往来する。
攻撃的な物言いは減って、単に「もういい」「イヤだ」と言い続けるようになる。
中旬より、デイサービス週2日に。
自分の持ち物の一部(洋服等)が認知できなくなり、着替えに介助が必要となる。
外出先のトイレで鍵をかけられない。

2007年12月
徘徊。家族が気付かないうちに1人で出掛けて家が分からなくなり、
たまたま知り合いの方に家に連れて帰ってきて貰う、また、家族が探しに出掛けて
連れ戻すことが頻繁に起こる。
グラマリール(朝25mg、夜50mg)処方される。
デイサービス週3日に。
中旬、朝、母の部屋に行ってみると、畳に立派な「便」!
その日すぐに、トイレを示す張り紙をあちこちに貼ってからは、トイレの失敗はなし。

自分の欲しい物は、単語で要求するが(「ティッシュ」「つまようじ」等)、
それ以外は「家に帰りたい」「ヤダ」「分からない」「こわい」「おいてけぼりにしないで」を
繰り返し言い続ける。夜寝ないため、アモバン処方される。

2008年1月
要介護度区分変更申請、要介護4と認定される。
中旬、急に歩行障害(パーキンソニズム)が出たためリスパーダル服薬中止。
MRI検査。2006年9月に比べ、海馬だけでなく脳全体の萎縮が進行していると。
朝晩の着替え、洗面、入浴、洗髪、食事等生活行動全般に渡り介助が必要となる。
自宅のトイレは自力で頑張ってもらう。


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テーマ : 認知症の介護
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プロフィール

翡翠

Author:翡翠
翡翠(かわせみ)のおばさん
6年余り、アルツハイマー型認知症の実母(要介護4、2009年で72歳)を自宅で介護。
2009年6月、母は特別養護老人ホームに入所。新たなステージの介護に突入しました。
2010年7月、要介護5に。
共働きの夫あり、姑(2009年81才)も同居。子供なし。

好き:
フィッシュ&バードウォッチング、ウォーキング、赤ワイン、食べる、サッカー観戦、旅行

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