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一瞬ぞっと・・・

昨日の午前中、母のホームから電話がありました。

ホームの名前を聞いた途端、心臓がドキンとし、一瞬で様々な想像が頭を駆けめぐります。

前の晩、母を左側臥位で寝かせた後、定例巡回に行ったところ、母は俯せになっており、顔面が圧迫されて顔色がやや変色、血圧が一時通常より高く、一度嘔吐、酸素血中濃度は正常、
今朝は顔色、血圧とも正常に戻り、朝食も普段と同様に摂取、というご連絡でした。

母は入所時より体がしっかりしてきているので、自分で少し体をずらすような動きをしたり、腕を動かすことがあります。
連絡をして下さった介護士長さんによれば、たまたま腕を伸ばした先にベッドの柵があり、柵のパイプを握って寝返りができたのでしょう、とのこと。

しかし、俯せになったまま自分でまた元に戻ることはできなかった。

巡回での発見が遅れていたら、と思うと、ぞっとします。

一方で、上半身の力はまだまだしっかりしている、ということは嬉しく思います。

前日土曜日に母のところに行ったので、日曜日は他の予定を入れていて、それでも母の様子を見に行こうかと迷いました。
そんな私の気持ちを察したのか、介護士長さんが最後に、今は昨日会いに来られた時のご様子と全く変わりありませんよ、と言われたので、申し訳ないと思いつつ、自分の用事を済ませることにしました。

今後、側臥位、仰臥位の様子を十分注意しながら見ていき、良い対処方法を考えます、ということで介護士長さんとのお話は終わりました。

妹と相談し、今ホームで支給されている枕ではなく、母にあった枕を探す、側臥位用の全身抱き枕を試してみる等々、こちらもいろいろ考えてみたいと思います。





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8年の歳月

先月行われた母の介護認定更新調査の結果が届きました。要介護5でした。

前回の更新調査は2年前の2008年、まだ自宅で生活していましたが、重度の認知症で生活行動全般に一部介助や見守りが必要ということで要介護4でした。

全介助となった今、要介護5は相当の結果だとは思いますが・・・
母の様子がおかしいと最初に気付いたのが2002年、もの忘れ以外はほぼ普通に生活できていた母が、8年間で要介護5になってしまったことをあらためて考えると、私にもっともっと出来ることがあったのではないか、どこかで間違ってしまったのではないか、という思いがあります。
一方、最初にお医者様に言われたことに耳を貸さず、勧められたデイサービスや生きがい教室の利用等も一切拒否してきた母ですから、本人にその気がなければ結局どうすることもできなかったかもしれない、という少々冷めた気持ちも正直あります。

もう何年も前に、テレビの健康番組で、会社を定年退職した男性が、趣味もなくほとんど刺激のない生活の中で認知症となり、退職から10年以内で寝たきりの生活に、という症例が取り上げられたのを真剣に見たことを鮮明に覚えています。
似たようなことが遠くない将来我が家に起こる出来事だとは当時は想像さえしませんでした。

母の状態は1年以上前から大きくは良くも悪くも変わっていないので今更なのですが、市役所からの通知に記載された「5」という数字を見て、とうとうここまで来てしまったと、あらためてこれまでの8年間を思い出していました。
母が変わっていくのを目の当たりにして、私自身がどんどん崖っぷちに追い込まれていくような気持ちになったこと、焦り、悲しみ、戸惑い、怒り、救い・・・介護を経験された皆さん同じ思いだと思います。

辛かった日々を振り返りいろんな思いがこみ上げてきましたが・・・でも、落ち込んだりはしていません。

実は、週末母に会いに行ったところ、母のユニットに空室ができていました。
2週末前までは、私が母の食介をするすぐ近くで、いつもスタッフの方に介助されていた最高齢のお婆ちゃんのお部屋でした。
ユニットケアに移行した頃は、一部介助されながらもご自分でもスプーンを持って食事をされていました。
端で見ていて、だんだんと食事を取らなくなっていくのが分かりました。
2週末前は、食堂に連れて来られても、お茶を1口飲むのが精一杯、スタッフの方が「プリンなら食べる?」と聞いても反応なし、エンシュア・リキッドもご本人は嫌がっているようでした。
先週末は、食堂でお姿を見ることがなく、スタッフの方同士が「○○さん、もう全然食べないの、どうしよう、悲しい」と言っているのが聞こえてしまいました。
そして、この週末、亡くなられたとお聞きしました。心よりご冥福をお祈りいたします。

そんなとても残念なことを目の当たりにして・・・母には当たり前ですが少しでも長く生きてほしい、と切に思いました。
それが私の心の支えだと再認識しました。その為に私がやるべきことは、過去のことをあれこれと考えることではなく、これからの母との時間を大切にすること、その為には私自身が心身共に元気で毎日頑張ることだと。
マイナス思考に陥っている暇はありません。
自分が経験すること全てに意味があり糧となるのですね。
この歳になって、またあらためて思います。




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反省と虹

ここのところ、家にいる間はW杯サッカーの試合ばかり見ているのでまたちょっと間があいてしまいました。

週末いつものように母のところに出かけたところ、スタッフの方から「またカップが持てるようになりましたよ」と言われました。

ちょっと驚きの嬉しい変化です。
もちろん、カップを持って自分で飲めるわけではなく、介助して口までカップを持っていき、飲ませなければなりません。
が、母に「お茶を飲もうね」と声をかけ、カップの取っ手が触れるように持っていくと、自ら握ろうとします。

ホームのスタッフの方々がいつも忙しく働いていらっしゃるのは重々分かっていますので、母のように全介助の場合、どうしても流れ作業的になってしまうのは仕方がないと思っています。
それでも、カップを持とうとする母の様子を見守ってくださる、その気持ちが有り難いと思います。

そして、私自身はと言えば、とにかく母が完食してくれること、笑いや言葉など何か良い反応を引き出そうという気持ちばかりが先立ち、週末の食介を、無意識のうちに惰性でやっていたのかもしれない、と気がつきました。
以前は、行く度にやっていた両腕の上げ下げや手を強く握る運動なども、母が何度か嫌がったので、段々とやらなくなってしまいました。
今日はダメでも、またこの次、そしてまたその次、と、諦めずに工夫して続けていくことに意味があるのですよね。
母の状態がそれなりに落ち着いているので、私の対応もマンネリ化してしまったのかもしれません。
大いに反省・・・

昨日の帰りがけに見た大きな虹です。
写真には写っていませんが、外側にもう1つ更に大きな虹がかかっていました。
方向的に虹の下が母のホームがある山なのですが、「まぁ、元気出して頑張りなさい」というメッセージなのだと勝手に思い込むことにしました・・・(笑)

Rainbow





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プロフィール

翡翠

Author:翡翠
翡翠(かわせみ)のおばさん
6年余り、アルツハイマー型認知症の実母(要介護4、2009年で72歳)を自宅で介護。
2009年6月、母は特別養護老人ホームに入所。新たなステージの介護に突入しました。
2010年7月、要介護5に。
共働きの夫あり、姑(2009年81才)も同居。子供なし。

好き:
フィッシュ&バードウォッチング、ウォーキング、赤ワイン、食べる、サッカー観戦、旅行

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