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食欲&いたずら復活

先月は、母の食事量が減ったことにとても頭を悩ませ、危機感さえ感じていました。
その後、かかりつけの先生に相談し、精神安定剤で食欲が出る薬を極微量混ぜてもらったところ、そのせいなのか、食事量が増えてきました。また、嬉しいことに、野菜をほとんど食べなくなっていたのが、野菜にも少しお箸をつけるようになりました。
食事の時、心ここにあらず状態だったのが、「食べる」という行為に母の意識が向いているようですし、時々「美味しい」と言ってくれることもあるので、嬉しいです♪

そして最近、また、モノに反応し始めました。
母も以前はいろんなモノをあちこちに隠した後で無くなった!と騒いで探し回った時期があり、その後はティッシュペーパーやスリッパなど極一部の品物にのみ執着し、夏前からは、もう周りのモノにほとんど関心を示さなくなっていました。が、ここ1ー2週間ほどで・・・
母専用のランチョンマット、木製スプーンが行方不明、台所のお布巾やタオルが丸められて母の部屋の押し入れから出てきたり、台所に置いてあった柿は洗濯機の中から、母の部屋にかけてあったズボンは台所のゴミ箱に挿んであるのを発見・・・「母のいたずら」復活です~(このアクティブさもフェルガード100の影響?)

今のところ無くなってもどうでもいいものばかりなので構わないのですが、ふと気がつけば、母が周囲のモノに無関心になってから、ズボラな私は無造作にいろんなものをアチコチに置いたままにしていたなぁ・・と。
以前は、置いておくと全部食べてしまうので母が見えない場所に隠していたパンの袋や果物は台所に置いたまま、鋏が母のズボンのポケットから出てきたのに驚き、隠しておいた鋏も、今はちょっと探せば目につくし、薬袋も母の手の届かないところから、私が出し入れし易いよう低い方へ低い方へと今は移動され・・・等々
ちょっといい加減になっていたな~と反省です。



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テーマ : 認知症の介護
ジャンル : 福祉・ボランティア

お化粧

昨日、仕事から帰って母の顔をみたら、ん?何かいつもと違う・・・お化粧してました。
まさか母が自分で?!と一瞬驚きましたが、デイサービスの連絡帳をみて納得。ボランティアでメークをしてくださる方が施設にいらしたようで、最初は嫌がった母もお化粧をしてもらった後はずーっと鏡を見ていたそうです。

もちろんデイのことは(行ったことさえ)全て忘れているので、私がお化粧してもらって良かったね、と言っても??な顔つきでしたが、久しぶりに綺麗にお化粧した母の顔をみて、私はとても嬉しかったです。昔の母に戻ったような気がしました。今度は私が母にお化粧してあげたいと思いましたが、きっと母は嫌がるだろうな・・・



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お出かけの夜

先日、夫の会社関係の夕食会に私も出席しなければならず、母をどうしたものかと義母に相談したところ、夕飯を一緒に食べて、その後薬を飲むことと歯磨きだけケアすれば良いのなら大丈夫!と言われ、思い切ってお願いすることにしました。
当日は義母も母も大好きなお寿司を好きなだけ!出前してもらうよう大盤振る舞い♪(と言ってもお婆ちゃん2人が食べる量は大したこと無いですね・・笑)
生活行動全般に一部介助や見守りが必要となってからは、母を家に残したまま夜遅くまで出かけるのは初めてのことでした。

夕食会をとても楽しく過ごし、夜10時半頃帰宅してみると、母はパジャマにもちゃんと着替え(上だけでしたが)、スヤスヤ眠っていました。

義母によれば、夕飯のお寿司は、母には大きくて食べにくいかもしれないと気をきかせて半分に切った穴子以外(それが多分母の気に入らなかったのでしょうね)2人できっちり半分ずつ分けて食べ、薬も飲み、歯磨きをし、その後母の部屋で歌を歌いながら過ごした後、下は嫌がったもののパジャマの上着に着替えた母は、義母に「ここに一緒に寝ていけば良いのに」と言ったそうです。

私達が帰ってきたときに、玄関を徘徊していたらどうしよう・・・なんて心配は無用でした。

義母があまり無理強いをせず、母の部屋で一緒に穏やかな時間を過ごしたことで、母も安心したのでしょう。
何だか私が家にいる時とは大違い~でご機嫌の良かった母、でも、これは自分でも分かっています。

普段の夜は、私が仕事から帰ってきて夕食、できるだけ母とゆっくり食事をしようとするとその後の時間が押してきます片付けや明日の下準備、洗濯諸々をしながら、母にも多少お手伝いをお願いしますが、そうそう長い時間は続きません。その合間に、母の相手をして、歯磨きや着替え、トイレの誘導等々・・・こうして書いてみても我ながら慌ただしく、これでは母も落ち着くことはできません。こちらがバタバタしているのを見て感じて「あっ、私も何かしなければ、そうだ、家に帰らなければ」となるのでしょう。

分かってはいますが、そして仕方がありませんが、もどかしいところです。

母が眠そうにしている様子を見逃さず、すかさずお布団に誘導し、そのまま落ち着いて寝てくれる「勝率」はどのくらいかなぁ?今度カウントしてみようかと思います







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フェルガード100

「フェルガード」(米ぬかから抽出されたフェルラ酸と、薬用・食用ハーブとして用いられてきたガーデンアンゼリカ抽出物を主成分とする脳のサプリメント)が認知症の症状改善に効果があると言われています。
その効果や服用についてはいろんなご意見があるようですが、母が「フェルガード100」を飲み始めて2ヶ月が経過、その間の母の様子を記しておきたいと思います。

1.規定の用量である1日2包で飲み始めました。(アリセプト、グラマリール、レンドルミンも服用)
開始から4-5日目、母から今までより多くの言葉が出るようになりました。例えば、今までは話しかけても「あぁ・・・」という程度だったのが、こちらの言葉を繰り返しながら、或いは語彙は少ないですが自分の言葉で返事をするようになりました。と、同時に、非常に怒りやすくなりました。言葉が出るようになったもののその8割位は「怒り」の言葉でした。
更に数日後、夕食後にほぼ毎日「家に帰る」と言いだし、部屋と玄関の間をうろうろ、なかなか眠ろうとしなくなりました。帰宅願望発言は今までもありましたが、夜になるとほとんど言わなくなっていたのが、逆になりました。

2.飲み始めから2週間後、フェルガード100を1日1包に変えました。(アリセプト、グラマリール、レンドルミンも服用)
怒りの言葉が少し減ってきたように思いますが、服用前に比べれば依然として怒りっぽいです。
一日中ずーっと繰り返し言っていた「怖い」「分からない」が少しずつ減ってきました。
全く見なくなっていたテレビに少し反応するようになりました。

3.さらに1週間後、フェルガード100を1日1包のまま、アリセプトを少しずつ減らしていきました。(グラマリール、レンドルミンは変わらず服用)
「家に帰る」発言、子供時代に帰ったような発言、怒りっぽい状態は変わりませんが、少しの間、おとなしく座っていられるようになりました。「怖い」という言葉も減ってきました。以前は何を聞いても「分からない」でしたが、「これとこれどちらが良い?」と聞くと、一方を選ぶ回数が増えてきました。
外で履く靴とスリッパの区別がつかなくなりました。家の中を靴で歩いていたり、玄関の床をスリッパで歩く頻度が増えました。

結果として、
良くなったところ: 発する言葉が増え、反応が良くなった。口癖のようだった「怖い」「分からない」が少し減った。少しの間おとなしく座っているようになった。

以前より悪くなったと思うところ: 怒りっぽい。「家に帰りたい」発言が毎晩出るようになった。

??な点: 静かで穏やかな時、ご機嫌のよい時、急に怒り出したり、ご機嫌の悪い時が日々めまぐるしく変わっているように思える。モノに関心を示さなくなっていたのが、靴その他のモノを部屋に隠したり、台所に置いてあったバナナを囓ってあったり、奇異ではあるが行動的になった。

こんな感じなので、フェルガード100は引き続き服用して様子をみたいと思います。
フェルガードは65%の人に効果あり、というお話を聞きましたが、残り35%の効かなかった方々がどういう状態だったのか-症状が全く変わらない、興奮、怒り、見当識の悪化等々-を知りたいと思い、いろいろ検索中ですが、具体例はまだ見つかっていません。




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ショートステイ先で

週末、ショートステイ先の施設の方々との担当者会議がありました。母のショートステイ先での詳しい様子を聞き、またこちらが望むこと等について話してきました。

今まで、入浴の件を除けば大きな問題なく過ごせていると思っていたのですが、今回聞いてびっくり!
母は怒ると手がでて、スタッフの方を靴で叩いたことがあるそうです。確かに、私達家族も手を振り払われることはよくありますが、靴で叩くとは・・・
現場の担当の方(若くて感じの良い女性でした)は、「怒るのはお母様に限ったことではなく、他の方々もそうですから」と笑っていましたが、恐縮・・・
そして特に怒るのは、やはり母の嫌いな入浴時とパジャマに着替える時だそうで、繰り返し言われると、どうも母はキレるようです。まあ、当たり前と言えば当たり前ですが。

あと、「大柄な男性がお気に入りですか?」と聞かれ、んん???
母は、施設内の廊下をスタッフの方と一緒に歩いていて、別の体格の良い男性スタッフとすれ違うと、今まで一緒にいたスタッフの手を振り切って、そちらの男性の方へ寄って行くそうです。
その時は、へぇ~と笑って話は終わったのですが、後になってふと考えてみると、私の夫はまさに「大柄な体格の良い男性」。
母は、ショートステイ中「○○ちゃん(私の名前)がいない」とよく言うそうですので、この点も考えると、ひょっとして、母は、誰も知らない人の中で、すれ違った男性スタッフを「あっ!(夫)だ」と思い、寄っていくのかな~と思いました。ちょっと心が痛みます。

母は、体操やレクリエーションにはそれなりに参加しているようで、当面の課題はやはり入浴です。
スタッフの方もいろいろ努力してくださっているようですが、もっと工夫をしてみます、ということでした。
こちらからは、食事の量や睡眠状況、感情の起伏等、ショートステイ中の母の様子をもう少し細かく報告していただくようお願いしました。

それにしても・・靴で叩くとは・・・ちょっとショックです~




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時をかける-その2

毎晩のように子供時代に戻る母、母に「父はどこに行った?」と聞かれると、結構答えに窮します。
母の父は私が生まれる前に他界、「今、仕事に行っている」等の嘘は気が引けます。
母の部屋には、お仏壇がありその上に母の両親の遺影が飾ってあるので、時々は、その写真を指さし「あそこに」と言うと「あぁ~」と納得することもあります。
介護では、演技や嘘も必要だと言われますが、亡くなった人についてはどう言えばいいのでしょう?母の状態に合わせてその場その場で対応していくしかないのかな・・・

子供時代に戻った母の発言を聞いていておもしろいな~と思うことがあります。

母の父は50代で脳腫瘍のため亡くなりましたが、母がまだしっかりしていた頃から「父が生きてさえいれば」と良く言っていましたし、認知症になってからも「父がもういないから」、今でも必ず「父」が一番先に出てきます。母は父親っ子、ファザコン?だったのでしょう。
一方、母の母、私の祖母は母とずーっと同居していて20年程前に亡くなりましたが、非常に気が強く自分の感情をはっきり出す人で、母が時々持て余していたことを私も覚えています。そう思ってみるせいか、母が、祖母のことを口に出すことは滅多にありません。
母の姉(伯母)については、「姉はまだ帰ってこない、母にあれだけ言われていたのに」などと言うのを聞いていると、社交的でちゃっかり屋の伯母、生真面目で内向的な母、という2人の性格を考えあわせ、そんなことがきっと母の子供時代にあったに違いないと思うのです。
思いがけず母の子供時代を覗いたような気がします。




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時をかける

最近の母は、夜、夕飯を食べ終わるまでは比較的ご機嫌よろしく、こちらの問いかけにも言葉は少ないですが答えてくれます。
この時点では、多分一緒にご飯を食べているのが私と夫だと分かっている様子です。

が、夕食後しばらくすると別のスイッチ?がON、「早く家に帰らなければ」(私に向かって)「まだここにいるの?」「私は歩いて帰ります」等々が始まります。
あの手この手で、歯磨きやトイレに誘導し、様子をみてパジャマに着替えてくれそうなときは着替えさせ・・・そのあたりから、ほぼ毎日、子供の頃に戻るようで「父はどこ?」「姉(存命ですが、もう1年以上会っていません)が待っているから」「母は黙ってどこかへ行った」等々・・・その他脈絡がない言葉が続きます。
私が母に「●●ちゃん(私の名前)はここにいるけど?」と言うと一瞬分かりますが、また子供時代へ戻ったような言葉が続きます。

その後、日によって、また家の中をウロウロするときは少しほっておき、眠そうにしているときは、一緒に横になるか、手や肩をしばらくさすっています。

先日、そろそろ眠るかな~と思って母の肩をさすっていたら「迷惑かけてすみません」と言い出したので、ビックリ!
その翌日は「もう大丈夫ですから、休んで下さい」「もうすぐ息子が帰ってきますから」と・・・
もちろん、母には息子はいません。

母は、現在から子供時代、そこから一体どの時代に、どの場所に飛んでいるのでしょうか

そう言えば「時をかける少女」ってありましたね~ドラマ「タイムトラベラー」(古すぎ!?)が好きでした♪




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友を偲ぶ

今日一周忌を迎えた友人のことを書いておきたいと思います。同じ職場で親しくしていた彼女は昨年44歳の若さで急逝しました。

6年前、福岡に住む彼女のお母様が脳卒中で倒れ寝たきりとなり、彼女は毎月2ー3回、仕事の合間に東京と福岡を往復してお母様の介護をしていました。福岡には3人姉妹の長女である彼女の妹さんたちやお父様もいらっしゃいますが、家庭内の事情により、遠く離れた彼女が介護の主導権を握って、というより握らされていました。
東京と福岡の往復を数ヶ月繰り返し、その後数ヶ月間の介護休暇を得て福岡で介護を続け、そのまま彼女は職場に復帰することを断念しました。私達職場の仲間は、彼女が福岡に帰ってしまうことに反対しましたが、寝たきりとなって認知症の症状も現れ、病院所属の施設に入ったものの一部は家族が介護をしなければならないような状態のお母様を、彼女以外に責任もって介護できる身内がいないから、という理由により彼女は福岡に戻りました。

彼女は頭脳明晰とても優秀な人でしたが、年齢がネックとなり福岡で正社員の仕事を見つけることができずに、派遣社員として保険会社でかなりハードな働き方をしていました。お母様のいらっしゃる施設の近くに部屋を借り、仕事とお母様の介護に追われ、福岡に戻ってから1度だけ、息抜き~と称して東京に2-3日遊びにきたことがありましたが、東京で続けていたお稽古ごとや趣味は全てやめ、福岡では友人づきあいもほとんどなかったようです。

私の母が認知症となったとき、真っ先に彼女にそのことを打ち明けました。
彼女は、お母様に「貴女もオムツをして」と言われたときのこと、お母様が「私生理がはじまりました」と言いだし咄嗟に対応ができずヘルパーさんに助けられたときのこと等々さまざまな介護にまつわる話を、笑いを交えてメールで送ってくれ、そしていつも私を励ましてくれました。私より遥かに大変な思いをしていたはずの彼女ですが、弱音を吐くことはほとんどありませんでした。

一昨年の秋頃から体調不良だったものの仕事と介護に追われ病院に行くのを後回しにしていた彼女は、昨年春の時点で、すでに手術不可能な胃癌に冒されていました。
ちょうど私の母の症状が進み始めて私も余裕がなく、しばらく彼女との連絡が途絶えていた期間でした。
今更言っても仕方がありませんが、体調が悪いと聞いていれば、友人達皆で即病院にいくよう強行に説得できたはずと思うと残念でなりません。

彼女が入院して間もなく、お母様は亡くなりました。福岡に彼女のお見舞いに行った時、彼女は最後にお母様のお葬式に出られなかったことを悔やんでいましたが、お葬式でのお別れは形式的なこと、それまでの間にもう十分過ぎるくらいお母様にして差し上げたのだから、これからは自分のことだけ考えればいいのだから、と彼女に話したことが思い出されます。

その後、抗ガン剤の副作用と戦う彼女にメールを送り続けましたが、返事はいつも、自分のことではなく、その頃すでに母の介護が少し大変になっていた私への励ましでした。そして「自分の生活を大切に。介護のために決して仕事は辞めないように」と必ず書いてきました。亡くなる2週間前までの彼女からのメールはまだ全て保存してあります。

彼女はいずれこうなる運命だったのかもしれません。しかし、介護と仕事の日々でストレスが彼女の体を蝕み、発症が早まったと私は思います。
人間的にも介護者としても、私は年下の彼女の足下にも及びませんが、励まし続けてくれた彼女の言葉を大切に、今自分ができることを頑張っていきたいとあらためて思います。




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プロフィール

翡翠

Author:翡翠
翡翠(かわせみ)のおばさん
6年余り、アルツハイマー型認知症の実母(要介護4、2009年で72歳)を自宅で介護。
2009年6月、母は特別養護老人ホームに入所。新たなステージの介護に突入しました。
2010年7月、要介護5に。
共働きの夫あり、姑(2009年81才)も同居。子供なし。

好き:
フィッシュ&バードウォッチング、ウォーキング、赤ワイン、食べる、サッカー観戦、旅行

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