スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

母の口癖

昨年の後半から、母は徐々に自分から「会話」をしなくなってしまいました。
こちらからの「今日は良い天気だね」とか「あの花の色は綺麗だね」等の問いかけには「あ~」と反応してくれますが、買い物に行って「何か欲しいものがある?」聞いても答えず、「●●食べる?」と聞くと「うん」と。それで終わり。会話のキャッチボールが出来ません。
往復1回の会話が、何度も何度も繰り返されます。これはそばにいる私にとって本当に寂しいのです
母が自分から言葉を発するのは、何かが欲しい時や「寒い」「痛い」等の表現、後は独り言がほとんどなのですが、最近「私一人だけ?」としきりに言うようになりました。

私「ご飯を食べようね!」母「私1人だけ?」私「いや、みんな一緒に食べるのよ、ほら(と食卓を指す)」
母「目が痛い」私「ゴミがはいったかな?目がゴロゴロする?目薬さしてみようか?」母「私1人だけ?」
母「ズボンのゴムが苦しい」私「じゃあ違うズボンに履き替えてみようね」母「私1人だけ?」

食事のときは、自分1人だけのためにご飯を用意してくれたのなら申し訳ない、という母の遠慮なのでしょうか。だとすれば、そんな風に思う母が不憫ですし、「私1人だけ(にしないで)」という意味もあるのでしょうか。
一方、私は目も痛くないし、ズボンのゴムも苦しくないのでこれには何とも返事に窮し、ちょっと笑ってしまうのです。
母の「私1人だけ?」は、一体どんな意味があるのかと考えます。


にほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
FC2 Blog Ranking
↑励みになりますので、クリック宜しくお願いいたします。


スポンサーサイト

テーマ : 認知症の介護
ジャンル : 福祉・ボランティア

頭では分かっていても・・・

先日、デイサービスで百人一首をしていた母が、急に意識を失いテーブルに俯せになり失禁、スタッフの方がベッドに運んでくださったところ、すぐ意識は回復、という出来事がありました(最初にデイサービスから連絡があったときは、心臓が口から飛び出しそうに驚きました

お医者様によれば、失神の原因は脳からのものと心臓からのものと二通り考えられるということで、まずは心電図を取ってみたのですが、その心電図に異常ありと言われ、ホルター心電図(24時間心電図)で検査をすることになりました。

病院での受付からホルター心電図を装着して病院を出るまでに午前中いっぱいかかり、母は途中から「早く帰りたい」を連発、心電図装着の際には「イヤだ」「怖い」を繰り返し、看護師さんと私が二人で宥め、ようやく帰宅。母は車の中でも家に帰ってからも「何かある、何かついている」と頻りに器械に触っていましたが、その度ごとに「それはお母さんの具合が悪くないことを調べる器械だからそのまま触らないでね」と。。。

しかし甘かったです・・・自分
夕方洗濯物を取り込むため、ちょっと母から離れたスキに、母は全てのコードを体から剥がし、記録装置のコードも外し、部屋の隅に置かれておりました。。。

「何で!どうして!はずしちゃうのよ~」
母は何を言われているのかさっぱり分からなかったでしょう。
私が怒りのあまり震える手で掴んだ心電図の器械を見てキョトン?とした顔の後、「分からない、こわい」と。。
母に対してあんなに感情的な声を荒げたのは、母が認知症になってはじめてだったかもしれません。

認知症の母に対し、怒ったり、説得したり、強制したりはやってはならないこと。
頭では分かりすぎるくらい分かっていますが、何故かあのとき爆発してしまいました。
ひょっとしたら、母の命に関わるかもしれない病気の可能性があるための検査なのに・・・
怒っても何の得にもならないことは分かっていても、怒りと悲しさで感情の高ぶりがおさまらず、しばらくは母の姿が見えないところにおりました。

先月から、パーキンソニズムで脳神経内科、風邪で内科、足の爪(元々変形)で皮膚科、足が痛いと言うので整形外科等々、母と2人で病院行脚・・・私も疲れていたのでしょう。反省。。。


にほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
FC2 Blog Ranking
↑励みになりますので、クリック宜しくお願いいたします。


テーマ : 認知症の介護
ジャンル : 福祉・ボランティア

はじめに

母を初めて「もの忘れ外来」に連れて行ったときから既に5年が経ちました。

先月71才のお誕生日を迎えた母は、アルツハイマ-型認知症で現在要介護4。

母の症状はこの数ヶ月で急に進んでしまい、着替え、洗面、食事、入浴等、トイレ以外の殆どに介助が必要となってきています。
夫と姑に助けられながら、仕事、家事、介護と毎日が本当にあっという間に過ぎていきます・・・

まだ母が自分でもう少しいろんなことが出来ていた以前の方が、当然時間的な余裕があったのに、ブログを始める気にはなれず、何故か、時間に追われる毎日となった今、ブログを始めてみようと思いたちました。
母のことも自分の気持ちもやっと落ち着いて客観的に考えられるようになり、介護が私の人生の一部として定着?してきたから、かもしれません。
とはいえ、日々、失敗・反省・愚痴の繰り返しです。頻繁な更新は怪しそうですが、「ぽれぽれ」で頑張ります

にほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
FC2 Blog Ranking
↑励みになりますので、クリック宜しくお願いいたします。

テーマ : 認知症の介護
ジャンル : 福祉・ボランティア

母の症状-これまでの経過-

最初に母の様子がおかしいと感じたのは2002年。

遠距離通勤で仕事をしており、残業も多かった私達夫婦のため、平日の夕食は母が用意してくれていましたが、たまに、夕食を家で食べない時、朝そのことを母に伝えておいても、帰ってくると夕飯の用意がしてあったり・・・ふと気が付くと、母は何日も同じ洋服を着ていたり・・・何度も同じ話を繰り返したり・・・あちこちに同じメモが残っていたり・・・

私にとって決定的だったのは、久しぶりに母の従弟夫婦が我が家を尋ねてきたときのこと、母の従弟は私より一回り近く歳が上にも拘わらず、母が私の方が年上だ、と言って譲らなかったことでした。

この時から「もの忘れ外来」に母を連れて行くまで更に数ヶ月が過ぎました。
私自身、母にどう話して病院に連れて行くか、どんな病院が良いのか、母は本当に「呆けて」きてしまったのか、あれこれと悩み続けました。

「もの忘れ外来」受診後の母の経過は↓にまとめてあります。

→続きを読む

テーマ : 認知症の介護
ジャンル : 福祉・ボランティア

プロフィール

翡翠

Author:翡翠
翡翠(かわせみ)のおばさん
6年余り、アルツハイマー型認知症の実母(要介護4、2009年で72歳)を自宅で介護。
2009年6月、母は特別養護老人ホームに入所。新たなステージの介護に突入しました。
2010年7月、要介護5に。
共働きの夫あり、姑(2009年81才)も同居。子供なし。

好き:
フィッシュ&バードウォッチング、ウォーキング、赤ワイン、食べる、サッカー観戦、旅行

最新記事
最近のコメント
月別アーカイブ
カテゴリー
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。